私の嗜み 第二回

『我が人生に日本酒あり』ジョン・ゴントナーさん

日本酒に導かれた人生に、悔いはなし。豊かな味わいの先に広がっていた
人との出会い、酒器の楽しみ、文化と歴史。日本で得た日本酒の愉しみを、世界へと──。

John Gauntner
日本酒伝道師。1962年アメリカ・オハイオ州生まれ。 ’88年8月、JETプログラム英語教師として来日後、電子エンジニアを経て日本酒ジャーナリストに。’94年から8年間、英字新聞『The Japan Times』にて日本酒コラムを連載。2003年より在日外国人向けセミナーやアメリカ各都市にて日本酒を普及させるためのセミナーを開催。日本酒輸出協会(SEA)にも参加し、日本酒の輸出にも尽力している。著書に、『日本人も知らない日本酒の話』(小学館)などがあり、最新刊『Sake Confidential: A beyond-the-basics guide to Understanding, Tasting, Selection, & Enjoyment』が今年6月に発売されたばかり。

帰国しようとするたび、
日本と日本酒が私を引き留めた

職業は、日本酒伝道師。
国内外での書籍の出版やセミナーの主催、日本酒の輸出事業などを通し、日本酒の“奥深い魅力”を世界に向けて発信することが、ジョン・ゴントナーさんの生きがいであり仕事です。
「今年の8月で、日本に住んで27年。最初から日本や日本酒に興味があったわけではなく、来日するまでは、多くのアメリカ人同様、〝温めて飲むなんて、日本酒はユニークなお酒だな〟という程度の感想しか持っていませんでした。当時は、ワインのほうが断然好きでしたしね(笑)」

“本当に旨い”日本酒との出会いは、1990年元旦のこと。JETプログラム(The Japan Exchange and Teaching Programme/語学指導等を行う外国青年招致事業)の英語教員として来日していたゴントナーさんは、その年の正月を尊敬する日本人の英語教師の自宅で過ごしていました。
「食事の後、先生が『飲みましょうか』といって、両手に抱えて持ってきたのが日本酒でした。しかも、目の前には一升瓶が5本も並んでいました。正直に言うと、その瞬間まで私は、米からできた酒ならどれも同じ味だろうと思っていたのです。
ところが、人生で初めて常温で飲んだ日本酒は、アメリカで飲んだ熱燗とはまったくの別物。5本を飲み比べてみると、それぞれに味わいも違い、先生から、当時は特級酒や一級酒など階級で表されていた日本酒の違い、作られる工程の話などを聞くうちに、すっかり日本酒のファンになってしまったんです」

その日以降、自分でも日本酒を買い求めるようになり、居酒屋へ行けば当然のように日本酒を注文し、店主からうんちくを聞き出すことを楽しむようになったそう。
「日本酒の魅力は、“奥深い”こと。味わいや香りはもちろん、1本の日本酒の向こう側に、日本の歴史や文化、技術があり、杜氏さんなど作り手の想いがある。知れば知るほど、もっと知りたいことが増えていって、日本酒に関する書籍もたくさん読みました。そのおかげで、日本語の読み書きもかなり上達しましたよ」
帰国が間近に迫った頃、アメリカで培ったキャリアを活かせるエンジニアとして3年契約のオファーが舞い込み、ゴントナーさんは日本に残ることを決意。
「その職場では関西方面への出張が多く、出張のたびに、地方の酒を飲むのが楽しみでした。3年間、まじめに働いたし、大好きな日本酒に関する知識も深まりました。桜の季節を堪能したら、今度こそ帰国しようと決めていたんです。
ところが、飲み屋のママが主催する花見の席で、私の人生が変わりました。その日、出会ったばかりの『ジャパン・タイムズ』の関係者を相手に、私は日本酒について熱く語っていました。すると、『うちの新聞で、日本酒のコラムを書かないか』といわれ、これをきっかけに、日本に根を下ろすことに決めたんです。もし帰国して、何年か後に、私ではないアメリカ人の日本酒ライターが登場したら、悔しい。そう思ったんですよ(笑)」
ゴントナーさんの書く日本酒コラムは連載となって、その後、8年間続くこととなり、さらにはその連載がきっかけで初めての著書『Sake Handbook』を出版。日本酒伝道師としてのキャリアは、こうして始まったのです。

美しき日本酒のあいまいさを海外に広めたい

日本酒にまつわることを生活の糧として、20年以上。日本酒に飽きたことがないと、ゴントナーさんは断言します。
「メーカーや蔵元を訪ねるたびに発見がありますし、これまでの常識を覆す新しい技術や製法にチャレンジする人たちも次々に現れる。そうしてできた新しい酒を飲むたびに、新たな感動があり、酒がもたらす楽しい時間が過ごせるじゃないですか(笑)。飽きている暇なんて、どこにもないんです」
現在は、出身地のアメリカをメインに、海外に向けた日本酒の普及に力を注いでいるゴントナーさん。しかし、イエスとノーがはっきりしているアメリカ人に、日本酒の繊細な工程や味わいを伝えることは、一朝一夕にはいかないといいます。
「ハッキリした答えを求める西洋人からすると、日本酒はすべてあいまいなんです。私からすれば、それが日本の文化であり魅力であり美しさでもあるのですが、それを伝えることは本当に難しいんです。
たとえば、アメリカでセミナーをすると、『米が酒の味を左右するのか』とよく聞かれます。この質問に対する答えひとつとっても、『高い米なら旨いというわけじゃなく、麹や酵母も影響するし、杜氏の腕もあって……』と、あいまいじゃないですか。
これがワインなら、ボルドー地方ならこんな品種のぶどうでこんな味、とはっきり答えられますよね。でも日本酒の場合、『東北地方は線の細い味わいが主で、西日本にいくほど味わいは太くなる。

でもこれが当てはまるのは6、7割で、あとは、県や蔵によっても違うし……』と、こうなる(笑)。それ以前に、『すっきりした味わいで、ふわっと香る』と表現して、わかってくれるアメリカ人は、まず、いません」
とはいえ、ゴントナーさんの尽力もあり、〝旨い酒〟を飲める日本料理店は飛躍的に増え、時には、フュージョン料理や総合アジア系レストランでも、いい日本酒にお目にかかれることがあるそう。
「アメリカには日本食レストランが1万店以上あります。ここ数年ですが、少しいい店にいくと、ワインリストならぬ〝日本酒リスト〟を目にする機会がとても増えました。日本酒をよく知る私でも飲みたくなるような酒が、ちゃんとリストに載っています。ワインソムリエの中から、本格的に日本酒を学ぼうとする人が増えてきているという話も聞きますし、アメリカ国内での日本酒の広がりを私も肌で感じています。
アメリカ人は、吟醸酒や純米酒を好んで飲む傾向があって、最近では、おしゃれなデザインのボトルも増え、ファッション感覚の楽しみも生まれつつあります。今はまだ、アメリカでは、いい日本酒はイコール高級酒という扱いですが、日本のように安くて旨い酒から特別な日に飲むお酒まで、誰でも当たり前に手に入るようにしたいですね」

column 私の一杯

「日本酒に携わる仕事をしていると、やはり、酒器も自然と増えていきますね。でも、仕事で酒を飲むときは、条件を同じにするために、蛇の目の本きき猪口と決めています。
プライベートでは、ほぼ毎日のように飲んでいるけど(笑)。つい手が伸びるのは、自分の手の大きさにしっくりと馴染む、茶色い焼き物の猪口ですね。無骨な見た目が味わい深く、焼き物のギャラリーで一目ぼれをしました。黄色の猪口は、自宅のある鎌倉からも近い、茅ケ崎のローカルアーティストの作品を扱うギャラリーで、やっぱりこれも一目ぼれして購入したものです。白いのは九谷焼の頂き物ですが、とても気に入っていて、縁が欠けたのを金継ぎして使っています。お燗のときは、ほぼ、これです」