酒道:酒の作法や楽しみ方

第十話:葉月

八朔や 盆に乗せたる 福俵 一茶

旧暦八月朔日(ついたち)は「たのみの節供」、稲が順調に穂を出すようにと座敷に飾られた祭壇には福俵が供えられて…

季譜:うろこ雲

旧暦の八月はすでに秋の色濃い時期に入っているので「葉の落ちる月」とか、「雁が初めて来る月」とも呼ばれていますが、現在の八月は秋風どころか微風だにしない毎日。 それでも、七月にくらべると天気が安定するうえに湿度が幾分低くなるのが八月の気候の特徴。天気図には何の変化もなく気温は相変わらず高くても、立秋を過ぎる頃から、そろそろ朝夕はしのぎやすくなります。やがて入道雲が消えて、高い空にうろこ雲が浮かぶようになると、秋のプロローグです

酒ごよみ:魂迎えの酒

盂蘭盆会の行事は、東京では新暦の七月十三日の夕刻祖先の霊を迎え、十六日に送り火を焚きますが、多くの地方では旧暦に準じて一と月遅れのお盆を行うところが多いのはご存知の通りです。なかには、三重県の一部など養蚕(ようさん)の関係でちょうど中間の八月一日に先祖を迎えるところもあります。

盆の前日の夜から当日の朝まで開かれる「草市」(盆棚をつくる飾り物を売る市)では、迎え火、送り火を焚く麻幹(おがら)をはじめ、瓜や茄子で作った牛馬、燈篭、草花などが売られ、これでご先祖様を迎える棚をつくります。
四隅に青竹を立てて縄で結び、ここに草花を飾り、杉の葉をめぐらして位牌を安置します。酒好きだったご先祖様には特上の酒を差し上げましょう。

そして子孫は、元気だった頃のご先祖様を思い出しながら精霊と酒を酌み交わし、ご先祖様あっての今の自分たちの存在に改めて感謝し、我が家の弥栄を誓います。
酒器も、ご先祖様が愛用していた猪口などをお供えして、また、その一つで飲(や)るのもいいでしょう。今まで気付かなかったその酒器のよさに意外な発見があるかも知れません。

『夏越(なご)しの酒』
(けがれ)をはらうための大祓(はら)いの神事を行なってきました。これを「夏越しの神事」と呼んでいます。
「夏越し」とは、文字通り酷暑を無事に乗り切れるように神に祈ることです。暑さを神の怒りと考えて、神意を和(やわ)らげるという意味の「和(なご)し」からきたのではないかと言われています。 参詣した人たちは、茅(ちがや)で作った「茅の輪(ちのわ)」をくぐると災厄を免れると言われています。氏神様などにお詣りして、「茅の輪」があったら災厄除けにぜひこの輪をくぐるといいでしょう。

神事のあとの直会の酒は、程よく冷えた神の怒りをおさめた、おだやかな『夏越しの酒』をいただきましょう。

酒席の礼:煮物は盛り付けの

煮物は、会席料理の場合、「焚き合わせ」とも呼ばれ、普通、平べったい、蓋のある器で出されます。まず、左手の親指と中指で器の端をおさえ、右手で蓋を取り、鉢の右縁に添わせるように立てて、内側についた湯気を鉢の中に落としてから上向きにし、膳の向う側に置きます。

ここですぐ箸を付けたくなりますが、しばらく待ちます。そして、どんな盛り付けになっているか、器の中の景色を眺めましょう。焚き合わせは、海のもの、山のもの、里のものの中から、動物性のもの、植物性のもので、比較的淡白な素材が選ばれ、三、五、七、の奇数盛りになっています。
酒と「煮物」とのかねあいは、ほかの酒肴と同じく、一杯飲んだら「煮物」を一口、ひと休みしてまた酒を飲みますが、「煮物」は味の濃いものと淡いものを焚き合わせてあるので、これを交互にたのしみましょう。

煮汁が少し入っている場合はこぼす心配があるので、器は手で持ち上げていただきます。
残さず召上りましたか?食べ散らかすのは失礼です。食べ終わったら、蓋は元と同じようにかぶせておきます。よく、元の状態と違えて、蓋を斜めにかぶせておく人がいますが、この必要はありません。

そろそろ「ご飯」の用意が出来ていると思います。酒はだらだら飲んでいないで、さっと、きれいに切り上げましょう。酒飲みが忘れてならない大切な酒礼のしめくくりです。

ひとことカルチャー『新しい酒をつくる』

あなたにも、好きな酒がいくつかおありでしょう。いや、「わたしはこれだけだ」と決めている方もいます。
でも、それでは酒付き合いがせまくて、勿体ない話です。
そこで、この酒卓の上で新しい酒を試作してみて下さい。(いいえ、酒税法には関係ありませんからご心配なく)
ここに2種の酒があるとします。まず、AとBを7対3に混ぜてひと口味わってみて下さい。どうでしたか? 今までの酒とは違う酒になっているはずです。3対7にするとまた別の酒になるでしょう。ときにはこんな“酒遊び”をなさってはいかがでしょう。酒に対するあなたの“目線”が変わると思います。

酒の肴:「アオリイカ、カンパチ、コハダ」

『煽り烏賊(アオリイカ)』
夏のイカのなかでは最高。ヤリイカの一種で、ミズイカとも呼ばれます。
ヒレが幅広く、あおり(障泥=馬具の泥除け)に似ているところからこの名が付きました。 体長は50cmから80cmになり、身が厚くややかたいので、鹿の子に包丁目を軽く入れ一瞬湯通しして刺身にすると絶品です。

『間八(カンパチ)』
アジの一族ですが、形も味もブリやシマアジに似ています。淡白ですが、八月前後になると脂がのってきます。なんと言っても刺身ですが、塩焼き、照焼、酒蒸しにしてもいい肴になります。
勘八などと書いている鮨屋がありますが、この魚の額(ひたい)に八の字の柄があるところから「間八」と書きます。

『小鰭(コハダ)』
江戸前の鮨だねにはなくてはならない存在です。近頃、鮨屋では5cmぐらいの新子を珍重する風がありますが、夏から初秋10〜5cmぐらいになったコハダのほうが味が乗っています。
酒の肴にするときは、醤油など付けず、ガリ(生姜)といっしょに食べたほうがコハダの味が生きて美味しくいただけます。