酒道:酒の作法や楽しみ方

第十二話:神無月

新米の 其一粒の 光かな  虚子 きょし

新米は炊き上げると一粒一粒が立って、つややかに光る。
蒸し上がった酒造好適米には、「いい酒になってくれよ」と切に希う。

季譜:朝露

天照大神は天岩戸に隠れたとき、諸国の神々が心配して出雲の国に集まったので、諸国に神々がいなくなった——この神話が語源の「神無月」です。 この頃になると、そろそろ雁がやって来て、この鳥を待って真紅に染まるのが雁来紅(葉鶏頭)。旧暦では八月の異名になっている「雁来月」の訪れです。
九月の長雨もようやく終わって、さわやかな秋晴れに心も晴れますが、気温は月初めと月末では大分違ってきます。 八日は「寒露」、朝露を踏むとそぞろ深まり行く秋を感じます。そして、二十三日は霜が降り始める「霜降(そうこう)」です。

酒ごよみ:冷やおろし

毎年、十月の声を聞いて、新米がとどけられると多くの蔵で新酒の仕込みにかかります。そして翌年の三月いっぱいくらいに作業を終えるのが普通ですが、三季醸造の場合は、九月から五月くらいまでかかります。
麹の香りが漂うタンク一杯の醪は、二十日から一ヶ月かかって発酵が終わると、早速しぼられて清酒と粕に分けられます。新酒の誕生です。最近はしぼりたてをよろこぶファンが増えてきましたが、新酒はいわば“若者”なので、専門的にはまだ香りは荒く、味も調和がとれていません。そこで、貯蔵して熟成させることになります。

しかし、貯蔵しておく間に、酒質が変わる心配があるので、邪魔な成分を取り除くために活性炭を少し加え、濾過して酒をきれいにします。これを“薄化粧”と洒落れて言います。 次に、火入れ(摂氏65度前後に二、三分間加熱)をして微生物や酵素の働きを止めて酒質を安定させます。この作業が終わると、いよいよ貯蔵タンクに移し、梅雨から夏を越させて熟成を待ちます。

清酒は、蒸留酒と違って、貯蔵してから半年ぐらいで熟成します。清酒には糖分やアミノ酸その他いろいろな成分が含まれているので熟成しやすいからです。熟成すると、酒は味にとげとげしさがなくなってまろやかになり、新酒特有の麹ばな(麹の香り)も取れて、清酒らしい芳香が出てきます。

さて、こうして“若者”が“大人”になる十月に入ると、いよいよ蔵出しです。現在はこのような手順ですが、昔は杉の大桶で酒を造り、貯蔵もやはり大桶でした。そしてこの時節になると、気温が下がって「火落ち」(酒をわるくする)の危険が少なくなり、外気と桶の酒の温度が同じぐらいになり、「生」のまま「冷や」で樽に詰めて出荷したところから「冷卸し」(ひやおろし)という言葉が生まれました。
この熟成してまるくなった酒を、灘では「秋晴れ」と呼んでいますが、これもなかなかいい表現ですね。冷やでよし、ぬる燗でよし、秋の夜長を愉しみたいものです。

『 豆名月の酒 』
旧暦九月十三日(十月十五日)は十三夜。中秋の名月を芋名月と呼ぶように、十三夜は豆名月とも言います。豆とは枝豆のこと。枝豆、団子、栗、ススキなどを供えて名月を愛でる風習で、季節の栗も供えるところから栗名月とも言います。

酒席の礼:ご飯 窶鐀 お代わりはひと口残して

本膳料理や懐石料理は食事が主体の料理ですから初めからご飯が出ますが、会席料理は肴(酒菜)が主役の料理ですから、ご飯はその「止め」(しめくくり)に出されます。  ご飯と止め椀(味噌椀)と香の物が出されるのが普通です。白飯の代りに、加薬(かやく=五目)ごはんやお茶漬け、雑炊ほか麺類が出されることもあります。
香の物は個々に出される場合と、数人分が盛られて出る場合があります。こういうときは飯茶碗の蓋に食べる量を取り分けます。
そして、ご飯も味噌椀も交互に手に持って、食べ、ご飯のお代りをするときは、飯椀の端にひと口分のご飯を残して「この上に少し」という気持で差出しましょう。これは縁が切れることを嫌うところからきた習慣です。
「立つ鳥あとを濁(にご)さず」と言います。食べ残し、食べ散らかしのないように、食膳をきれいにして、きょうの酒と肴が大変美味しかったことを述べ、板場への感謝の気持も伝えて席を立ちましょう。

ひとことカルチャー『熟成のからくり』

新酒は貯蔵することによって、味がまろやかになり、飲みやすくなります。これを熟成または調熟と言います。
生酒のうちは、酵素の働きで、ブドウ糖が増え、タンパク質はアミノ酸へと分解するなど、いろいろ変化していき、火入れ後は化学変化によって、新酒バナ(麹バナ)が消え、荒い味がまるくなり、酒特有の芳香が出て、色は次第に濃くなります。
熟成に最も影響を与えるのは温度で、10℃上がると、熟成が3〜5倍速くなると言われています。ですから、低温でゆっくり熟成させた方が調和のとれたいい酒になるのです。

酒の肴:「サンマ、ケガニ、サクラエビ」

『秋刀魚(サンマ)』
サンマ(秋刀魚)も最高に脂がのってきて欠かせない存在です。最近は新鮮なものは刺身や鮨だねとして人気を呼んでいますが、忘れては困るのが塩焼きです。腸(ハラワタ)の苦味を味わって初めて「秋刀魚」だと実感するからです。
丸のままグリルに入らない場合は、肛門のところから斜め上に包丁を入れればワタをくずさず二つに切れます。江戸時代から「秋刀魚が出るとあんまが引っ込む」という言葉がありますが、皮の青い魚のDHAとEPAはどなたも先刻ご存知のはず。

『毛ガニ』
トップスターの「ズワイガニ」は別格として、最近はテレビショッピングなどによく登場するタラバガニなどに人気をさらわれていますが、弾力のある身質を好む人も多いはず。
北海道から三陸沿岸、北陸で多く獲れ、いよいよ晩秋から冬にかけて旨味が増します。家庭で召し上がるときは、塩と酢を少し落した熱湯でさっとゆがくと水気が取れて一層美味しくなります。

『 桜エビ 』
桜エビと聞くと、どこででも獲れるように思われますが、世界中で駿河湾と相模湾、東京湾の一部にしかいないエビです。
主な漁場は、富士川の河口付近、静岡県由比町、浦原町あたりで、十月から翌年の五月までが漁期。夜、深海から海面に出て来て発光するのでヒカリエビとも言います。水揚げしてすぐゆでると美味しい桜色になります。二杯酢で、大根おろしで。粋な肴です。