大人の嗜み 第四回

昔も今も、酒は庶民の味方 〜浮世絵に見る酒〜

長屋の畳に置かれた盆の上には徳利があり、遊女の手のひらには盃が。江戸を生きた市井の人々の暮らし、吉原という色街の風俗などを主な題材として描いてきた浮世絵を眺めてみれば昔も今も、酒の在り方に違いがないことが、よくわかる。
酒は、愚痴の聞き役、色恋話の語り役──。今夜の酒のお供は、さて、どんな話になることやら。

江戸の人々は酒豪だった!?

一説には、江戸に運ばれてきた酒の量を江戸の全人口で割ると、1人あたり1日2合の酒を飲んでいた計算になるという話もあります。それほどまでに、江戸に暮らす人々は酒呑みだったのでしょうか。江戸の文化に造詣が深い、江戸東京博物館 都市歴史研究室長 小澤弘教授にお話を伺いました。
「確かに、江戸の人々は酒をよく呑んだようです。江戸の後期になって江戸近郊で醸造業が発展するまで、江戸で呑まれる清酒の大半は大坂(池田・伊丹・灘)などの上方から、大きな樽を積んだ樽廻船で運ばれてきた、いわゆる下り酒と呼ばれたものです。その量は、年間80~90万樽(1樽=3斗6升)にもなったそうで、船に揺られて運ばれる間に杉樽の中で酒と空気が程よく触れ合い、味がまろやかになった、なんていう話もあります。しかし、そのまろやかな酒も、そのまま庶民の口に入るかというと、そうではありません。そもそも、江戸時代の酒は今のアルコール度数の半分くらいで、安い酒はそれをさらに水で薄めていたともいいます。ですから、水で薄まった度数の低い酒を飲んで『昨日は一升呑んだ』なんて豪語しても、実際に呑んだ量は今の五合程度だったのではないでしょうかね(笑)」

小澤弘 教授

最大の消費者は中・下級武士

儀礼に忙しい殿様は品行方正で酒はあまり呑まず、ストレス発散に酒の力を借りていたのは、大名の参勤交代について江戸詰めとなった中・下級の武士たち。「江戸の武家人口約50万のうち、大半が中・下級武士です。一般の町人と比べて広い屋敷の中に住まいを構えているものの、その実態は庶民とあまり変わらぬ長屋暮らし。違いといえば、屋敷内には樹木や泉池があり、前庭で蔬菜(そさい)の自家栽培ができたことくらい。非番の日は役職によって3日から10日に1度程度、住まいは狭く、単身赴任の寂しさもある。そんな彼らの息抜きのひとつが、酒です。日常的に酒を呑んでいたのはもちろん、国元に帰れると喜んでは酒を呑み、殿様の江戸滞在期間が突然延長されたと聞けば、それを嘆いてヤケ酒を呑み、荒れに荒れて……。などという様子も、当時の浮世絵や絵巻などには描かれていますよ。
また、江戸の町に目を転じれば、日本橋の目抜き通りに間口一間程度の一杯飲み屋が描かれている絵巻(「熈代勝覧」絵巻/ベルリン国立アジア美術館)があります。当時も今も、目抜き通りといえば一等地ですから、裏通りに入れば、もっと広い飲み屋があったのでは、などと推測できますよね。絵の中の一杯飲み屋の天井からは、酒の肴だと思しき蛸が吊るされていて、その下では昼間から酒を呑む町人の姿があります。仕事もせずに、呑んだくれていたのでしょうかね(笑)」
絵の中の喜怒哀楽は、今を生きる私たちと何ひとつ変わらない。浮世絵に描かれた、酒器や酒の肴から当時の暮らしぶりに思いを馳せ、現代の旨い酒に舌鼓、なんていうのも悪くなさそうですね。

浮世絵の楽しさを現代に

菊水日本酒文化研究所では、酒や宴の描かれた浮世絵をコレクション。現代の技術と融合させながら、より酒の席が愉しくなるアイテムも作っています。例えば、オンラインショップでもお求めいただける「うぐいす徳利」。酒を注ぐときに、「ピ~ッ」と、愛らしい鳴き声が聞こえるこの徳利は、浮世絵などに描かれた当時の酒器を参考にして作れた、江戸の人々の遊び心を現代に伝える粋な徳利なのです。他にも、酒の席で演じられる芸を描いた安藤広重の劇画「酒席藝盡(しゅせきげいづくし)」をプリントした手拭い、酒を呑むたび浮世絵の世界が姿を現すオリジナルの紙製コースターもあります。愉しい酒のお供に、ぜひ。

【菊水オリジナル】 手拭い 酒席芸

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モノとコトの融合で日本酒を面白くする

日本酒文化研究所

菊水が自ら持つ、日本酒文化研究所。ここには、古今東西の文献をはじめ、お酒にまつわるさまざまなモノが所狭しと並んでいます。中でも、地元の新潟・新発田はもとより、日本各地から集められているのが、昔から伝わる酒器。日本酒文化研究所では収蔵品や文献をもとに忠実に再現したレプリカや風呂敷など日本の古き良き文化を伝える、菊水オリジナルの商品もご用意しています。

取材協力

江戸東京博物館 都市歴史研究室長
小澤弘教授

1947年、長野県生まれ。明治大学大学院文学研究科博士課程修了。 専門は、日本美術・文化史。著書に、『都市図の系譜と江戸』(吉川弘文館、2000年)、『「熈代勝覧」の日本橋』(小学館、2006年)などがある。

江戸東京博物館
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